梶文彦の「ニッポンものづくり紀行」 その8|あなどれない漢学者の素養

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

あなどれない漢学者の素養

●尾高惇忠-2

富岡製糸場の工期はわずか1年4か月という驚異的な短さです。

日本人はプロジェクト・マネジメントに弱いと言われることが多いのですが、日本の伝統はむしろ逆で、江戸時代の城づくり、土木工事などでも、短期間で見事に作り上げています。

日本では古来、城づくりの詳細などについては、機密として伝えられずに来ました。

だからプロジェクト・マネジメントが語られることはありませんでしたが、そうした工事を采配してきたのは漢学者や軍学者でした。

富岡製糸場の建設工事を采配したのは初代工場長の尾高惇忠です。

尾高は、財務省で富岡製糸場の建設を推進した深谷市出身・渋沢栄一の妻・千代の兄でもあり、渋沢の漢学の師であります。

当初、単なる漢学者にマネジメントができるのかと危惧していましたが、尾高惇忠が、プロジェクト管理、マネジメント、人事管理・・・などに力を発揮しているのを知って、驚きました。

江戸時代、武士の子弟の教育は、基本的に漢学です。四書(論語、大学、中庸、孟子)、五経(易経、書経、詩経、礼記、春秋)を素読し、議論することを通じて意見を交わし、学んでいきます。

漢籍を学んだくらいで、近代的な工場のマネジメントに対応できるのか、というのが正直な思いでしたが、工場長になってからの尾高惇忠の業績には、漢学=旧弊な学問という思いを、払拭してくれるほどの驚きがありました。

男社会の時代に、女工を主役として対応し、心を配ったのも尾高惇忠で、ことが起こった時の柔軟な発想、人への温かな思い、合理的な収益管理・・・どれも、現代の優れた経営者に匹敵するレベルと言っていいと思います。

奥義を窮めれば、万事に通じると言われますが、漢学も極めれば、それはマネジメント、プロジェクト管理にも通じるというわけでしょうか。漢学者の素養、あなどるべからず・・・です。
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梶文彦氏執筆による、コラム「ニッポンものづくり紀行」です。梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています!
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